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東京高等裁判所 平成6年(行ケ)66号 判決 1995年11月30日

高知県高知市横浜新町3丁目1505番地

原告

上田幸三郎

同訴訟代理人弁護士

田浦清

和田高明

同訴訟代理人弁理士

田中幹人

静岡県浜松市小沢渡町1533番地

被告

株式会社丸八真綿

同代表者代表取締役

竹田和雄

同訴訟代理人弁理士

志賀正武

渡辺隆

成瀬重雄

青山正和

東京都中央区八丁堀1丁目2番4号

被告補助参加人

ニチロ毛皮株式会社

同代表者代表取締役

和島瑛伍

同訴訟代理人弁護士

和田隆二郎

木戸伸一

伊東元

安酸庸祐

遠藤幸子

大分県大分市大字宮崎字延命1387番地の1

被告補助参加人

ナショナルライフ株式会社

同代表者代表取締役

三野加奈江

同訴訟代理人弁護士

佐藤正昭

同訴訟復代理人弁護士

松枝迪夫

飯島澄雄

同訴訟代理人弁理士

杉村暁秀

杉村興作

徳永博

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用(補助参加によって生じた費用を含む。)は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成5年審判第5844号事件について平成6年2月15日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告及び補助参加人ら

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「ムートン製掛け布団」とする実用新案登録第1940814号の実用新案(昭和59年4月6日出願、昭和62年9月17日出願公告、平成4年12月10日設定登録。以下「本件考案」という。)の実用新案権者である。被告は、平成5年3月25日、原告を被請求人として、特許庁に対し、上記実用新案登録を無効にすることについて審判を請求し、平成5年審判第5844号事件として審理された結果、平成6年2月15日、「登録第1940814号実用新案の登録を無効とする。」との審決があり、その謄本は同年3月14日原告に送達された。

2  本件考案の要旨

所定幅の帯状に切断された複数のムートンを、該ムートン間に可撓性を有する所定幅のテープ状部材を交互にあるいは適宜介在させて縫成したものに、適宜の表地を縫着してムートンの毛足を内側に位置させた所要面積の掛け布団に形成したことを特徴とするムートン製掛け布団。(別紙図面参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本件考案の要旨は前項記載のとおりである。

(2)  本件考案の実用新案登録出願前日本国内に頒布された刊行物である「サンケイ新聞」昭和54年10月23日付け、10版第10頁の写し(以下「引用例1」という。)には、商品情報の欄の「ムートン特集(下)◆ムートン肌掛け◆」において、「ムートンの肌掛けで、ムートンの毛足は7ミリで、裏の皮を薄くしてより軽くしたコート素材の厳選された高級品のダブルフェース(両面使い)を使っており、パッチワークの柄物である。表地は毛70%、テトロン20%、ナイロン10%のウーステッドである」と説明されている。

同じく「毛皮の本」昭和56年1月10日 第4刷文化出版局発行(以下「引用例2」という。)の第162頁において、

「レザリングとフェザーカットについて

(前略)毛足が長くて密な素材は、レットアウトしてそのまま縫製しますと、毛がもこもこしすぎてシルエットがきれいにでません。そこで、レットアウトのときに、毛皮と毛皮の間に革のテープを縫い入れて、毛並みを適当に薄くして、全体にすっきりとした感じに仕上げます。この方法をレザリングといいます。(中略)フェザーカットという方法も行われています。これは、レザリングの一種で、同じく毛皮の間に革テープを縫い入れますが、(中略)この縫製にしますと、長毛の毛足のボリューム感が適当になくなるので着こなしやすくなりますし、(後略)。」と説明されている。

同189頁において、

「レザリングlethering

毛皮を細長く切って、その間に革の細いテープを縫い込む方法。キツネ、タヌキ、ラクーンなど長毛の素材に使われる。布製のリボンを使うこともある。この場合はリボニング(ribboning)ともいう。」という用語の説明がある。

(3)  本件考案と引用例1に記載のものとを対比すると、引用例1に記載のものの「肌掛け」は、肌掛け布団が冬季の防寒用として、掛け布団の下に使う薄めの布団のことであり、春、秋はこれだけでも過ごせ、夏掛け布団としても使用されているものである(必要とあれば、「服飾辞典」昭和59年1月10日 第6刷 文化出版局発行の第647頁参照)ので、肌掛けは薄めの布団であるが、掛け布団には相違ないので、本件考案の「掛け布団」に相当し、両者は、「適宜の表地を縫着して所要面積の掛け布団に形成したムートン製掛け布団」である点で一致し、次の2点で相違している。

<1> 本件考案が、「所定幅の帯状に切断された複数のムートンを、該ムートン間に可撓性を有する所定幅のテープ状部材を交互にあるいは適宜介在させて縫製したもの」であるのに対して、引用例1記載のものは、「ムートンの毛足は7ミリで、裏の皮を薄くしてより軽くしたコート素材の厳選された高級品のダブルフェース(両面使い)を使ってあり、パッチワークの柄物である。」点。

<2> 本件考案が「ムートンの毛足を内側に位置させた」ものであるのに対して、引用例1記載のものは毛足が内側に位置しているかどうか不明である点。

(4)  そこで、相違点について検討する。

<1> 相違点<1>について

折り曲げにくいものを折り曲げる際に、その間を柔軟性のあるもので繋ぐことにより折り曲げやすくする技術は、従来より鎧の繋ぎ目などに用いられているように慣用の技術であり、ましてや、シルエットをきれいに出したり、着こなしやすくする、すなわち身体にフィットしやすくする技術として、皮の分野においてもレザリングの技術が公知(引用例2参照)であるから、掛け布団として柔軟性の欠けるムートンを用いる際に柔軟性を付与するために、この技術を適用する程度のことは当業者がきわめて容易に考えられることである。

<2> 相違点<2>について

掛け布団の裏地としてムートンを使用する際に毛足を内側とするか、皮の方を内側とするかの選択は、一般にムートンは毛足の肌触りの良さがムートンを使用することによる効果の一つであるので、毛足を内側にし、使用者にとって肌触り良い布団とする程度のことは当業者であれば当然なされることで、この点に格別の困難性があったとは認められない。

(5)  以上のとおりであるので、本件考案は、引用例1及び2に記載された内容に基づいて、当業者がきわめて容易に考案をすることができたものであり、実用新案法3条2項の規定により実用新案登録を受けることができない。

したがって、本件考案の登録は、実用新案法3条2項の規定に違反してされたものであり、同法37条1項1号に該当し、これを無効とすべきものとする。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点(1)、(2)は認める。同(3)のうち、相違点の認定は認めるが、くその余は争う。同(4)、(5)は争う。

審決は、本件考案と引用例1記載のものとの一致点の認定を誤ったうえ、相違点を看過し、かつ、認定に係る相違点についての判断を誤って、本件考案の進歩性を否定したものであるから、違法として取り消されるべきである。

(1)  一致点の認定の誤りと相違点の看過(取消事由1)

<1> 「肌掛け布団」といえば、薄めではあるが、一定の厚みを有する布団を指すものである。引用例1に記載の「肌掛け」は、薄手のシーツあるいは毛布状のものであって布団とはいえず、本件考案における「掛け布団」には相当しない。

したがって、一致点の認定は誤りである。

<2> 本件考案におけるムートンは、ムートンの毛足が本来的に持つ特徴である「豊かな毛量、毛足の柔らかさ、肌触りの良さ、保温効果、吸排湿作用等々」という特徴を有するものである。

なお、本件明細書の実用新案登録請求の範囲には、本件考案におけるムートンについて、上記のような特徴は記載されていないが、最高裁昭和50年5月27日判決、集民115号1頁(オール事件)に照らしても、本件実用新案登録請求の範囲に記載された「ムートンの毛足を内側に位置させた」との構成要素を、明細書の考案の詳細な説明及び図面を考慮して解釈することは何ら差し支えないものというべきところ、これによれば、上記構成要素は、実質的にムートンの機能を発揮することのできる毛足が持つ特徴である「豊かな毛量、毛足の柔らかさ、肌触りの良さ、保温効果・吸排湿作用等々」を生かすための構成要素であると解釈するのが相当である。

これに対し、引用例1に記載されたムートン肌掛けは、コートを羽織るようにコートの素材をそのままに肌掛けとして転用したものにすぎず、毛足が7ミリにごく短く刈り揃えられたものであって、ムートンの毛足が持つ上記のような特徴を有しないものである。引用例1記載のムートン肌掛けは、ムートンを被るためこムートンの毛足を刈り取ってしまうという技術思想に基づくものであり、「ムートンの寝具の素材としての利点のみを生かしたムートン製掛け布団を提供することを目的」(甲第2号証の1第2欄19行ないし21行)として、ムートンの毛足を生かすための構成を考案した本件考案とは全く逆の方向の技術思想を開示しいるものである。

審決は、本件考案におけるムートンと引用例1記載のムートンとの上記相違点を看過している。

(2)  相違点<1>の判断の誤り(取消事由2)

審決は、相違点<1>について判断するに際して、「掛け布団として柔軟性の欠けるムートンを用いる際に」として、ムートン製掛け布団が公知のものであることを前提としているが、前記のとおり、引用例1には掛け布団は記載されていない。

また、本件考案は、柔軟性、軽量性の問題を解決し、掛け布団として被ったときにムートンの毛足が使用者の身体に隙間なく自然にフィットし、保温性や肌触りの良好なムートンの特性が得られることを目的とするものであり、ムートンの毛足を内側に位置させることと、「所定幅の帯状に切断された複数のムートンを、該ムートン間に可撓性を有する所定幅のテープ状部材を交互にあるいは適宜介在させて縫成した」という構成の結合により、上記目的を達成することができたものである。

これに対し、引用例2に記載されているレザリングの技術は、被服の分野である毛皮コートにおける技術であって、寝具に関する慣用的な技術ではない。レザリングの技術における帯状の毛皮素材の間にテープを介在させて縫成すること自体は、本件考案の上記構成と共通性を有するが、これを適用する対象を異にし、その目的、効果においては何ら共通性を有しない。すなわち、引用例2には、レザリングと掛け布団、就中ムートン製掛け布団を結合させることに関しては何ら示唆するところがない。

もともと、レザリングは、柔軟性及び軽量性を有する一般毛皮を対象とする技術であるため、毛さばきをするための技術であって、柔軟性及び軽量性を付与するための慣用技術ではない。したがって、ムートンはレザリングの技術の対象となっておらず、ムートンに柔軟性及び軽量性を付与するものとして、レザリングの技術を適用することは当業者にとってきわめて容易に想到し得ることではない。

さらに、本件考案における「掛け布団としてムートンの毛足に包まれて眠る」という発想を実現しようとする場合、テープ状部材を介在させることは、同部材の部分には毛が無くなってしまい、ムートンの毛足に包まれることができない、保温性に欠けるなどといった不都合が生じるから、本件考案のようにテープ状部材を介在させることはきわめて容易に想到し得ることではない。

したがって、引用例1記載のものにレザリングの技術を適用することは、当業者がきわめて容易に考えられることであるとはいえず、相違点<1>についての判断は誤りである。

(3)  相違点<2>の判断の誤り(取消事由3)

審決は、相違点<2>について判断するに際して、「掛け布団の裏地としてムートンを使用する際に」として、ムートン製掛け布団が公知のものであることを前提としているが、前記のとおり、引用例1には掛け布団は記載されていない。

また、審決は、「毛足を内側とするか、皮の方を内側とするかの選択に格別の困難性があったとは認められない」としているが、従来は、掛け布団としてムートンの毛足に包まれて眠ることを達成する技術的手段そのものを考えつくことが困難であったのである。

したがって、相違点<2>についての判断は誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び被告・補助参加人らの主張

1  請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告主張の誤りはない。

2(1)  取消事由1について

(被告)

<1> 本件考案の明細書には、掛け布団の実施例として、帯状ムートン1とテープ状部材とを交互に縫着し、その表地に適宜の布4を袋状に縫い当てて構成された寝具が示されている。この例からすれば、ムートンに表地を取り付けて構成された、引用例1記載の寝具(肌掛け)を布団と観念することに何らの支障はない。

したがって、引用例1記載の肌掛けが本件考案の掛け布団に相当するとした審決の認定に誤りはない。

<2> 原告は、本件考案におけるムートンは、「豊かな毛量、毛足の柔らかさ、肌触りの良さ、保温効果、吸排湿作用等々」という特徴を有するものであるのに対し、引用例1に記載のムートンは上記のような特徴を有しないものである旨主張するが、本件考案における実用新案登録請求の範囲には、「ムートン」とのみ記載されていて、ムートンの毛足の長さや弾力性の数値などが特定されていないから、上記主張は、実用新案登録請求の範囲の記載に基づかないものであるし、また、引用例1には、「暖かいぬくもりとソフトな感触が深い眠りへと誘うムートンの肌掛けです。」と記載されていて、引用例1記載の肌掛けも保温性や弾力性などのムートンの特性を有していることが示唆されているから、上記主張は失当である。

(補助参加人ニチロ毛皮株式会社)

社会通念上、肌掛けも布団であることに変わりはなく、その用途からすれば、掛け布団に該当することは明らかである。

(2)  取消事由2について

(被告)

引用例1及び2記載の技術は共に、身の回り品用の毛皮製品に関する点で一致していること、引用例2には、毛皮一般の加工技術としてレザリングが紹介されていること、引用例2記載の技術と本件考案との間には作用効果の共通性があることからすると、引用例1及び2記載の技術に接した当業者は、引用例2記載の技術を引用例1記載のムートン製布団に適用して、相違点<1>に係る本件考案の構成を想到することは何らの困難なくなし得ることである。

(補助参加人ニチロ毛皮株式会社)

レザリングの技術は、衣料品、寝具等用途を問わず、また、毛皮の種類を問わず、広く毛皮製品一般に用いられている技法である。そして、引用例1に開示されているように、掛け布団であるムートン肌掛けにおいてムートン部分をパッチワークで形成する技術的思想は公知であるが、この公知の技術のパッチワークの部分について、さらに柔軟性等の効果を欲するならば、レザリングの技術を利用すればよいことは、毛皮を扱う当業者としては何らの困難もなく考えつくことである。

(3)  取消事由3について

(被告)

引用例1には、毛足の肌触りの良さがムートンを使用することによる効果の一つであることが示されていると考えるのが自然であり、引用例1のみをみても、相違点<2>についての審決の判断の妥当性が基礎付けられている。

(補助参加人ニチロ毛皮株式会社)

毛皮には毛並みの豪華さを利用する用途と毛皮との接触の快適さを利用する用途のあることは周知であり、一方、掛け布団は当然就寝時の快適さを必要とするものである。だとすれば、掛け布団の裏地としてムートンを使用する場合、皮の方を内側とするよりは毛足を内側とする方が快適であることは当業者でなくとも容易にわかることであり、少なくとも毛足を内側とすることを試みるのに何らの困難もない。

第4 証拠

証拠関係は書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本件考案の要旨)、3(審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。

そして、引用例1及び2に審決摘示の記載があること、及び、本件考案と引用例1記載のものとの間に審決認定の相違点があることについても、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の審決取消事由について検討する。

(1)  取消事由1について

<1>  甲第5号証(「服飾辞典」文化出版局発行)には、「肌掛け布団」について、「冬期の防寒用として、掛け布団の下に使う薄めの布団のこと。春、秋はこれだけでも過ごせる。また、地域によっては夏掛け布団としても使えるので、最近では年間を通して使われている。直接体にまとうものなので、肌触りのよさと柔らかさ、軽さが条件となる。」と記載されていること、乙第1号証(「広辞苑」第4版 株式会社岩波書店発行)には、「肌掛け」について「肌に直接かける、薄くやわらかい布団。」と定義されていること、乙第2号証(ふとん流通近代化推進協議会編「ふとん品質表示の統一」昭和57年11月発行)の「(8)製品の種類と表示方法<1>用途による区分」の欄には、「肌掛」は掛け布団に含まれると記載されていることがそれぞれ認められるところ、これらの記載・定義内容と、審決摘示の引用例1(甲第3号証)の記載事項、引用例1の商品情報の欄の「ムートン特集(下)◆ムートン肌掛け◆」における「一日の張りつめた気分をそっとやわらげ、暖かいぬくもりとソフトな感触が深い眠りへと誘うムートンの肌掛けです。」との記載及び同欄に掲載されているムートン肌掛けの写真を総合すると、引用例1に記載の「肌掛け」は掛け布団であるといって何ら差し支えないものと認めるのが相当である。

したがって、引用例1に記載の「肌掛け」は本件考案の「掛け布団」に相当するとした審決の認定は正当であって、一致点の認定に原告主張の誤りはない。

<2>  原告は、本件考案におけるムートンは、ムートンの毛足が本来的に持つ特徴である「豊かな毛量、毛足の柔らかさ、肌触りの良さ、保温効果・吸排湿作用等々」という特徴を有するものであるのに対し、引用例1に記載のムートン肌掛けは、ムートンの毛足が7ミリにごく短く刈り揃えられたものであって、ムートンの毛足が持つ上記のような特徴を有しないものであるにもかかわらず、審決は上記相違点を看過している旨主張するので、この点について検討する。

実用新案法3条2項所定の実用新案登録の要件、すなわち、実用新案登録出願に係る考案の進歩性について審理するに当たっては、その考案を同条1項各号所定の考案と対比する前提として、実用新案登録出願に係る考案の要旨が認定されなければならないところ、この要旨認定は、特段の事情のない限り、願書に添付した明細書の実用新案登録請求の範囲の記載に基づいてされるべきであり、実用新案登録請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか、あるいは、一見してその記載が誤記であることが明細書の考案の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情がある場合に限って、明細書の考案の詳細な説明の記載を参酌することが許されるにすぎない(最高裁平成3年3月28日判決、民集45巻3号123頁参照)。

本件明細書の実用新案登録請求の範囲には、掛け布団を形成するムートンについて、「所定幅の帯状に切断されたムートン」と記載されているだけであって、原告が引用例1記載のムートン肌掛けとの対比において問題とするムートンの毛足の長さについては何ら限定的に規定しているわけではない。そして、ムートンが羊の毛皮を指すものであることは一義的に明らかであるから、ムートンの技術的意義を理解するために考案の詳細な説明の記載を参酌すべき特段の事情も存しない。

したがって、本件考案におけるムートンについて、実用新案登録請求の範囲に記載されていない事項を持ち出して、引用例1記載のムートン肌掛けにおけるムートンとの相違をいう原告の主張は失当というべきである。

ちなみに、引用例1には、前記「暖かいぬくもりとソフトな感触が深い眠りへと誘うムートンの肌掛けです。」との記載のほかに、「ムートンは1平方センチメートル当たり1万本から1万6000本もの密度の高い毛が生えているため、保温性や通気性、弾力性にすぐれており、また、吸湿性、放温性に富み、毛の熱伝導率が低いので、外気に対する絶縁性もあって、ムートンのシーツなどは四季を通じて気持ちよく使えるのが特徴です。」と記載されていることが認められ、引用例1記載の肌掛けのムートンも、原告の主張するムートンの毛足が持つ特徴を有しているものと認められる。

したがって、本件考案におけるムートンと引用例1記載の肌掛けのムートンとの間に、特に異なるところがあるということはできない。

<3>  以上のとおりであって、審決には、原告主張の一致点の認定の誤り及び相違点の看過はなく、取消事由1は理由がない。

(2)  取消事由2について

<1>  甲第2号証の1・2によれば、本件明細書には、「ムートンは・・・掛け布団として使用するには重すぎて又全体としては柔軟性に欠けるためムートンの毛足が身体にフィットせず敷き布団との間で大きな隙間をつくることとなり、保温性や肌触りの良好なるムートンの特性が充分に発揮されない。」(甲第2号証の1第2欄4行ないし12行、同号証の2の記2)、「本考案は上記柔軟性と軽量性の問題点を解決して、ムートンの寝具の素材としての利点のみを生かしたムートン製掛け布団を提供することを目的とするものである。」(同号証の1第2欄18行ないし21行)、「上記構成の本考案によれば、ムートンのみで掛け布団を作ることをせず、所定幅の帯状に切断したムートン間にテープ状部材を介在させたため、ムートンの使用量が少なくなり、掛け布団としての適当な重さに軽量化することができる。しかもムートン間に可撓性を有するテープ状部材を介在してあるため、該テープ状部材の部分によって柔軟性が生じ、掛け布団として使用した際にムートンの毛足が使用者の身体に隙間なく自然にフィットするものである。」(同号証の1第3欄2行ないし11行、同号証の2の記2)、「本考案によれば、所定幅の帯状に切断したムートン間にテープ状部材を介在させたため、掛け布団として適当な重さに軽量化することができ、しかもムートン間に可撓性を有するテープ状部材を介在してあるため、テープ状部材を折れ目として極めて幅方向及び長手方向へ変形し易くなり適度の柔軟性が生じる。」(同号証の1第4欄42行ないし第5欄4行)と記載されていることが認められ、これらの記載によれば、本件考案において、相違点<1>に係る「所定幅の帯状に切断された複数のムートンを、該ムートン間に可撓性を有する所定幅のテープ状部材を交互にあるいは適宜介在させて縫製した」構成は、掛け布団としての適度の軽量化と柔軟性を得ることを企図しているものであることは明らかである。

ところで、審決摘示の引用例2の記載事項によれば、毛足が長くて密な毛皮素材について、毛皮を細長く切って、その間に革の細いテープを縫い込むレザリングの技術が本件考案の出願前公知であり、この技術によれば、全体にすっきりとした感じに仕上がり、長毛の毛足のボリューム感が適当になくなるので着やすくなることも当業者には知られていた事項であると認められる。そして、上記技術によれば、ムートンの使用量が少なくなって全体的に軽量化され、また、身体にフィットしやすい柔軟性がもたらされるであろうことも当業者においてきわめて容易に考えつくことであると認められる。

そうとすると、ムートンを掛け布団として用いる際に、適度の軽量化と柔軟性を得るために、引用例2記載の技術を適用する程度のことは、当業者においてきわめて容易に想到し得ることと認めるのが相当である。

<2>(a)  原告は、引用例2に記載されているレザリングの技術は、被服の分野である毛皮コートにおける技術であって、寝具に関する慣用的な技術ではなく、本件考案とは適用の対象を異にし、また、レザリングの技術は、毛さばきをするための技術であって、柔軟性及び軽量性を付与するための慣用技術ではないから、本件考案とは、その目的、効果においても何ら共通性を有しないものであって、引用例2には、レザリングと掛け布団、就中ムートン製掛け布団を結合させることに関しては何ら示唆するところがなく、したがって、ムートンに柔軟性及び軽量性を付与するものとして、レザリングの技術を適用することは当業者にとってきわめて容易に想到し得ることではない旨主張する。

引用例2には、レザリングについて、毛皮コートの場合を例にとって説明されているが、用語の説明では、審決摘示のとおり「毛皮を細長く切って、その間に革の細いテープを縫い込む方法。」とされていて、レザリングの対象が被服の分野に限定されているわけではないこと、丙第1号証(「毛皮への招待」昭和54年11月30日第1刷 読売新聞社発行)の176頁、177頁には、寝具であるベッドカバーにレザリングの技術を応用したものが示されていることからすると、レザリングが毛皮コートに限定して適用される技術であるとは認められず、本件考案や引用例1記載のものにおける掛け布団にも適用し得る技術であることは明らかである。また、引用例2の上記記載に照らしても、レザリングの技術が毛皮の種類によって限定されるものとは認め難く、本件考案の出願当時、ムートンはレザリングの対象にはなり得ないものと考えられていたといった事情を認めるに足りる証拠もない。

次に、審決摘示の引用例2の記載事項、及び、引用例2中の「レザリングは毛並みをすっきりさせること、もう一つ、毛皮の使用枚数が節約できるという利点があります。」(162頁)との記載によれば、引用例2には、レザリングの技術は、シルエットをきれいに出したり、着こなしやすくさせたりするもの、あるいは毛皮の使用枚数の節約をもたらすものとして説明されているものと認められるが、レザリングの技術が公知である以上、この技術を用いれば、全体としての軽量化や毛足が使用者の身体に自然にフィットするような柔軟性が得られるであろうことはきわめて容易に考えつくことであると認められる。

以上によれば、掛け布団としての軽量性や柔軟性に欠けるムートンを用いる際に、適度の軽量性や柔軟性を得るために、レザリングの技術を適用することは当業者においてきわめて容易に想到し得る程度のことと認めるのが相当であって、原告の上記主張は採用できない。

(b)  原告は、本件考案における「掛け布団としてムートンの毛足に包まれて眠る」という発想を実現しようとする場合、テープ状部材を介在させることは、同部材の部分には毛が無くなってしまい、ムートンの毛足に包まれることができない、保温性に欠けるなどといった不都合が生じるから、本件考案のようにテープ状部材を介在させることはきわめて容易に想到し得ることではない旨主張する。

しかし、引用例2には、「レザリングがしてあっても、毛足の長いものは仕上がりを表側から見ただけでは、革テープが使ってあることがわかりません。」(162頁)と記載されているとおり、レザリングを施しても革テープの部分に長毛の毛足が覆うことが示されており、また、保温性を確保するためにムートン間に介在させるテープ状部材の間隔を適宜のものとすることは、設計上当然考慮すべき事項であるから、原告の上記主張は採用できない。

(c)  原告は、審決は相違点<1>について判断するに際して、「掛け布団として柔軟性の欠けるムートンを用いる際に」として、ムートン製掛け布団が公知のものであることを前提としているが、引用例1には掛け布団は記載されていない旨主張するが、この主張が失当であることは、前記(1)に説示のとおりである。

<3>  以上のとおりであって、相違点<1>についての審決の判断に誤りはなく、取消事由2は理由がない。

(3)  取消事由3について

<1>  「ムートンは・・・綿毛が密生しているためその毛は柔らかくて肌触りがよい」(甲第2号証の1第1欄23行ないし25行)のであるから、掛け布団の裏地としてムートンを使用する場合、毛足を内側にして、使用者にとって肌触りの良い布団とする程度のことは、当業者であれば当然考えつくことであって、この点に格別の困難性があるものとは認められない。

<2>  原告は、従来は掛け布団としてムートンの毛足に包まれて眠ることを達成する技術的手段そのものを考えつくことが困難であった旨主張するが、叙上説示したところに照らして採用できない。

また、原告は、審決は相違点<2>について判断するに際して、「掛け布団の裏地としてムートンを使用する際に」として、ムートン製掛け布団が公知のものであることを前提としているが、引用例1には掛け布団は記載されていない旨主張するが、この主張が失当であることは、前記(1)に説示のとおりである。

<3>  したがって、相違点<2>についての審決の判断に誤りはなく、取消事由3は理由がない。

3  以上のとおりであって、原告主張の取消事由はいずれも理由がなく、審決に取り消すべき違法はない。

よって、原告の本訴請求は失当であるから棄却することとし、訴訟費用(補助参加によって生じた費用を含む。)の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、94条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

別紙図面

<省略>

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